スマホを取り出せば、暗い場所でも手ぶれ補正が働き、誰もが失敗なく高精細な写真を残せる時代。
拡大してもくっきりと写る解像度と、失敗を打ち消す画像処理技術は、現代の「撮影」からの不確実さをほとんど取り除いてくれ、誰でもがプロ並みの写真を取ることができます。
しかし、そんな現代において、約6,400円を出して160万画素の極小トイデジカメを買う人がいるんです。
KODAK CHARMERA(シャーメラ)は、1/4型CMOSセンサーに160万画素(1440×1080)、本体重量わずか30gで、58×24.5×20mmという手のひらにすっぽり収まるサイズで、全7種の外装デザインは開けるまで分からないブラインドボックス方式で販売されています。
スペック比較の視点に立てば、スマートフォンの画質や機能には遠く及ばず、わざわざお金を払う理由を見出しにくい製品とも言えます。
実際、購入したも「よく考えたら安くない」「どう考えても無駄」と素直に認めている一方で、手に入れた後の満足感とともに語られるのは「人生は無駄が多いほうが楽しい」「良い無駄を手に入れた」というなんとも現代の流れを否定するかのような言葉たち。
性能競争の真逆に位置する道具が、なぜただの損ではなく「良い無駄」として愛着の対象になるのでしょう?
その理由は、画質の低さや操作の制限が「製品の欠陥」ではなく、「失敗を楽しめる遊びのルール」として機能している点にありそうで、CHARMERAは背面の液晶画面は小さく、撮影時に構図やピントを正確に確かめることがかなり難しい。
実際、PCやスマートフォンにデータを転送して初めて、自分がどんな写真を撮っていたのかが分かったりします。
結果がその場ですぐに判明しないもどかしさは、かつてのフィルムカメラや初期のデジカメが持っていたワクワク感そのものとなっていて、フィルムカメラを使ったことのある人には懐かしさ、使ったことのない人には、旧タイプの珍しい操作感で感動を呼ぶのでしょうね。
画面越しに完璧な失敗のない構図を狙うのではなく、感覚でシャッターを切り、後から思いがけない写真と出会う。
160万画素特有の粗さやノイズは、綺麗に記録しなければならないという緊張感をほぐし、結果の不確かさを「予期せぬ面白さ」へと変えてくれているのでしょう。
過剰なまでに最適化されたデジタル環境の中では、失敗のなさや高画質な記録が当たり前になりすぎて、時に「正しく撮ること」自体がちょっとした作業のように感じられることがあります。
CHARMERAのような、性能を捨てた道具は、完璧な記録から意図的に距離を置き、偶発性や気楽さを買いに行くための装置と言え「道具は便利なほど価値が高い」という物差しを一度かなぐり捨ててみるのもいい。
バッグにぶら下げるアクセサリー感覚の手軽さも含め、約6,400円で買っているのは、写真性能そのものではなく、結果を予測できない「遊び」を楽しむという体験なのでしょうね。